別居したあと、生活費の負担を求めたいと思っても、「今からでも前の分まで請求できるのだろうか」と迷う方は少なくありません。婚姻費用は、夫婦が婚姻生活から生じる費用を分担するものです(民法760条)。ただし、過去分を考えるときは、まだ何も決まっていない期間をさかのぼって求める話なのか、すでに決まったのに支払われていない月分を回収する話なのかを分けて整理することが大切です。

まず、「過去分」が何を指すのかを分けて考えます

婚姻費用の相談でいう「過去分」には、性質の違う2つの場面があります。同じ言葉でも、確認するポイントはかなり異なります。

場面 主な論点
まだ取り決めていない過去の期間 いつ請求の意思を示したか、どの時点の事情で月額を考えるか
合意・調停・審判で決まったのに未払いの月分 未払い回収の方法、使える書面、時効の確認

実際には、前者は「相手に支払いを求めた時点」がとても重要です。婚姻費用は別居中でも離婚成立までは問題になりますが、何年分でも自由にさかのぼれるわけではありません。一般には、請求の意思を示す前の期間は認められにくく、個別事情で扱いが分かれます。一方、後者はすでに発生している未払い債権の話なので、証拠と回収方法の整理が中心になります。

まだ決めていない過去分は、「いつ求めたか」が出発点です

まだ婚姻費用の額を決めていないなら、まずは相手に支払いを求めた事実と日付を残すことが大切です。口頭だけだと、あとから「いつ求めたか」を示しにくくなります。メール、メッセージ、書面など、日付が残る方法で伝えておくと、その後の話し合いでも整理しやすくなります。進め方の全体像は、請求手続きの流れも参考になります。

なぜ請求した時点が区切りになりやすいのか

民法760条は、夫婦がその資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担すると定めるだけで、いつまで遡れるかは書いていません。ここは条文ではなく、考え方の問題になります。

婚姻費用は、日々の暮らしを支えるためのお金です。過ぎてしまった月の生活は、現実には誰かが負担するか、借りるか、切り詰めるかの形で、すでに何らかの形で賄われています。そのため実務では、相手に負担を求める意思がはっきりした時点から先を見るという整理がされることが多いとされています。

そのうえで、具体的にどこを起点にするかは一律ではありません。調停を申し立てた月を始期とする扱いが多いとされる一方で、それ以前に書面で求めていた事情が考慮されることもあります。だからこそ、求めた日付が残っているかどうかが効いてきます。

「話がまとまってから」と待っているあいだにも、月は過ぎていきます。額が決まらなくても、求める意思だけは先に伝えておくほうが、あとから取り戻せる範囲は広がります。

額を考えるときは、家庭裁判所が公開している養育費・婚姻費用算定表が土台になります。算定表では、双方の収入、収入の種類が給与か自営業か、子どもの人数、年齢区分が0〜14歳か15歳以上かを当てはめて、自分たちがどの表のどの区分に入るかを確認します。ここで見るのは標準的な目安であり、本文に金額は書きませんが、どの事情が月額を左右するかを知るには有用です。対象になる始まりと終わりの考え方は、対象になる期間の考え方もあわせて整理しやすいでしょう。

なお、月額に何が含まれているかも見落とせません。日々の生活費として考える部分と、住宅ローンの負担、学校関係費用などを月額に上乗せするのか、別に協議するのかは分けて考える必要があります。過去分を話し合うときほど、「どこまでを婚姻費用として求めるのか」を先にそろえておくと、争点が増えにくくなります。

話し合いでまとまらないときは、婚姻費用の分担請求調停を利用します。調停が不成立で終わっても、婚姻費用は家事事件手続法272条4項により、そのまま審判に移る仕組みです。改めて最初から申し立て直す必要はありません。

決まった後の過去分は、未払い回収として確認します

すでに合意書、公正証書、調停調書、審判書などで婚姻費用が決まっているのに支払われていないなら、問題は「過去分を新たに決める」ことではなく、「未払い分をどう回収するか」です。特に、強制執行を視野に入れる場合は、どの書面を持っているかが重要です。強制執行に使える書面は民事執行法22条で定められており、公正証書なら強制執行認諾文言の有無も確認点になります。

また、古い月分ほど時効の確認が必要です。債権の消滅時効の一般則は民法166条1項1号で、権利を行使できることを知った時から5年です。これに対し、確定判決や確定判決と同一の効力をもつもので確定した権利は、民法169条1項で10年が基本になります。ただし、どの月分にどの期間が当てはまるかは、支払期日や確定した書面の内容で見方が変わります。古い未払いがあるときは、月ごとに整理して早めに確認するのが安全です。

なお、話し合いの途中で離婚が成立すると、婚姻費用そのものは原則として終わります。ただし成立前までの未払い分は残ります。離婚の書面に清算条項を入れると、その一文で未払い分まで消えることがあるため、決める順番に注意が必要です。詳しくは離婚成立後の扱いで整理しています。

支払われないときの進め方は、記録の残し方、履行勧告・履行命令、差押えの考え方まで含めて支払われないときの対応で全体を確認できます。離婚が成立すると、婚姻費用ではなく、その後の子どもの生活費は養育費の問題に切り替わる点も押さえておきたいところです。

公的な手当や当面の生活費は、婚姻費用と切り分けます

婚姻費用は夫婦の間で分担する生活費の話であり、児童手当や児童扶養手当とは別です。公的な手当があるから婚姻費用を請求できない、という単純な関係ではありませんし、反対に手当が出るまで婚姻費用の請求を待つ必要もありません。制度ごとに申請先と開始時期が異なるため、切り分けて動くことが大切です。

  • 児童手当は、受給者変更が必要になることがあります。手続き先は自治体です。
  • 児童扶養手当は、こども家庭庁の案内や自治体窓口で要件を確認します。支給は認定請求をした日の属する月の翌月から始まるため、申請が遅れた分はさかのぼりません(児童扶養手当法7条)。
  • 当面の生活が苦しいときは、住まいの初期費用や当座の生活費を別に見積もり、自治体の相談窓口で使える制度を確認します。

婚姻費用の過去分で迷ったら、まずは「まだ決めていない期間か」「決まったのに未払いか」を分け、そのうえで請求した日付、収入資料、子どもの人数と年齢、いま持っている書面をそろえていきましょう。整理ができると、次に何をすべきかが見えやすくなります。