別居中の生活費を考えるとき、相手または自分が自営業だと「給与明細のように分かりやすい資料がない」と不安になりやすいものです。婚姻費用は、夫婦が婚姻から生ずる費用を分担するためのお金で、その根拠は民法760条にあります。もっとも、自営業の収入は月ごとの固定給ではないため、見方を誤ると話し合いがかみ合いません。ここでは、婚姻費用で自営業者の収入をどう見ていくのか、算定表との関係と資料のそろえ方を落ち着いて整理します。
自営業の収入が分かりにくい理由
会社員であれば、源泉徴収票や給与明細から年間の収入を追いやすい一方、自営業では売上、必要経費、設備投資、借入返済、在庫の増減などが入り混じります。そのため、確定申告書に書かれた数字だけを見て「収入はこれだけ」と決めてしまうと、実際の生活に回せる力とかけ離れることがあります。
婚姻費用では、税務上の処理と、生活費を分担するための見方がいつも同じとは限りません。たとえば、税務上は経費として処理されていても、内容によっては家計との関わりを丁寧に確認したほうがよい場合があります。逆に、売上が大きく見えても、事業を続けるために継続的に必要な支出まで無視してよいわけでもありません。
そのため家庭裁判所が公開している養育費・婚姻費用算定表を使う場面でも、自営業者については「どの収入資料を出発点にするか」「申告上の数字をそのまま当てはめてよいか」を確認することが大切です。婚姻費用の全体像や、月額の中に何が含まれるのかは、婚姻費用の内訳の整理もあわせて見ておくと、後の食い違いを減らせます。
算定表に当てはめるときの見方
確定申告書は出発点、結論ではありません
家庭裁判所の養育費・婚姻費用算定表は、双方の収入、子どもの人数と年齢を当てはめて、標準的な目安を読むための表です。自営業者については、一般に確定申告書、課税証明書、帳簿などから収入を確認し、相手方が会社員なのか自営業なのかも踏まえて、どの表のどの区分を見るかを考えます。
出発点は「収入金額」ではなく「所得金額」です。ここが給与所得者と大きく違います。そのうえで、実際には現金が出ていない控除を足し戻して考えるのが一般的です。
- 青色申告特別控除。帳簿のうえでの控除で、現金が出ていったわけではありません
- 減価償却費。同じく、その年に現金が出ていったわけではありません
逆に、事業のために実際に支払った経費は差し引いたままです。生活費と事業費が混ざっている場合は、そこが争点になります。
もう一つ大切なのは、申告書にある一つの欄だけで判断しないことです。自営業は年によって売上の波が出やすく、単年だけでは実態がつかみにくいことがあります。季節変動が大きい業種、開業直後、感染症流行後の立て直し、取引先の変更があった時期などは、前年だけでなく前後の推移も見たほうが事情をつかみやすくなります。
経費の中身と家計との距離を見る
婚姻費用で問題になりやすいのは、必要経費の扱いです。事業に欠かせない支出なのか、私的な支出と重なっていないか、一時的な支出なのか、継続する支出なのかで見え方が変わります。たとえば、車両費、通信費、旅費交通費、接待交際費、減価償却費、専従者への支払いなどは、名前だけで結論を出さず、実際にどのように使われているかを確かめることがあります。
もちろん、「経費に入っているから全部戻して考える」「申告どおりだから一切見直さない」と単純に割り切れるわけではありません。算定表は、収入の全部がそのまま生活費に回ることを前提にしているのではなく、税金や事業維持に必要な負担も踏まえて作られています。だからこそ、自営業では、税務書類とあわせて事業の実情が分かる資料をそろえ、生活費を分担する力がどの程度あるのかを丁寧に見ていくことが重要です。
一方が専従者だった場合は、別居で前提が変わります
自営業の世帯では、配偶者が経理や現場を担い、青色事業専従者として給与を受けていることがあります。婚姻費用では、ここが見落とされやすい点です。
所得税法57条1項は、この給与を必要経費にできる相手を「生計を一にする配偶者その他の親族」で「専らその事業に従事するもの」と定めています。別居して事業から離れれば、この2つの前提がどちらも続かなくなることがあります。
そうすると、双方の収入の見え方が同時に動きます。
| だれの側か | 別居で起こりうること |
|---|---|
| 専従者だった側 | 給与が止まり、現在の収入は前年の課税証明書と大きく違う状態になる |
| 事業をしている側 | 経費に入れていた専従者給与がなくなり、その分の所得が増えて見えることがある |
ですから、前年の資料だけで話を進めると、双方とも実態からずれます。専従者だった側は「書類上は収入があることになっているが、いまは入っていない」状況を説明できるようにし、事業をしている側は、給与の支払いが実際にいつまで続いたのかを示せるようにしておくと、話し合いがかみ合いやすくなります。
資料をそろえるときの確認点
話し合いや調停で収入を説明するなら、確定申告書だけでなく、売上や経費の内訳が分かる資料を準備しておくと見通しが立ちやすくなります。たとえば、確定申告書の控え、青色申告決算書や収支内訳書、課税証明書、事業用口座の入出金、主要な経費の内容が分かるものなどです。何を優先して集めるか迷うときは、収入資料のそろえ方の基本が参考になります。
あわせて、相手に婚姻費用を求める意思は、日付が残る形で早めに伝えておくことが大切です。別居後の生活費は、請求した時点があとで問題になることがあるためです。進め方の全体は、婚姻費用の請求手続きで整理されています。
また、収入だけに目が向きがちですが、算定表では子どもの人数と年齢も重要です。とくに子どもが0〜14歳なのか、15歳以上なのかで見る欄が変わります。さらに、月額に何が含まれているのか、学費や習い事、住宅ローンの負担を月額に上乗せするのか別に協議するのか、といった点も先に分けて考えると話し合いが進みやすくなります。
話し合いでまとまらないときの進め方
自営業の収入は見解が分かれやすいため、当事者同士だけでは折り合えないことがあります。その場合は、家庭裁判所の婚姻費用の分担請求調停を利用する方法があります。離婚の話し合いそのものとは別に申し立てることができ、資料を出し合いながら、算定表のどこに当てはまるかを含めて整理していきます。
調停でも合意に至らないときは、婚姻費用のような事項では、調停を申し立てた時に審判の申立てがあったものとみなされます。これは家事事件手続法272条4項による取扱いです。つまり、不成立になったら一からやり直しというわけではなく、そのまま審判で判断が続く仕組みがあります。
自営業の事案では、売上の増減、経費の必要性、今後も同程度の収入が見込めるかなど、数字の背景説明が大切になります。資料が不足していると、伝えたい事情が十分に伝わらないこともあります。まずは収入の見方を整理し、請求の意思を記録に残し、算定表に当てはめる前提資料をそろえることから始めるとよいでしょう。




