慰謝料を請求される側になると、金額だけに目が向きがちです。けれども、あとで困るのは金額そのものより、書面の書き方と支払いの続け方であることが多くあります。ここでは、支払う立場から確認しておきたい点を整理します。
まず、何に対する支払いなのかを確かめます
慰謝料は、不法行為に対する損害賠償です。民法709条は、故意または過失によって他人の権利や法律上保護される利益を侵害した者が損害賠償の責任を負うと定め、民法710条は財産以外の損害についても賠償しなければならないとしています。
裏を返せば、不法行為にあたる事実がなければ、支払う根拠もありません。「離婚するのだから払うものだ」というものではありません。まず確認したいのは次の点です。
- 何を理由とする請求なのか。不貞か、暴力か、別の事情か
- その事実があったと言えるのか。相手は何を根拠にしているのか
- 請求されている中身に、財産分与や未払いの生活費が混ざっていないか
名目が混ざったまま合意すると、あとで「あれは何のお金だったのか」が分からなくなります。財産分与と慰謝料の違いは根拠となる条文から整理した記事で確認できます。
払っても、税金は軽くなりません
誤解が多いところです。慰謝料を支払っても、支払った側の税負担が軽くなることはありません。家庭の中の支出であり、必要経費や所得控除として差し引けるものではないためです。
自営業の方から「経費になるのでは」という質問が出ることがありますが、事業のための支出とは性質が違います。金額を決めるときに、税で戻ってくる前提を置かないでください。
なお、受け取る側では、所得税法9条1項18号と同施行令30条1号により、心身に加えられた損害について支払われる慰謝料は原則として所得税の対象になりません。払う側の負担は軽くならず、受け取る側も課税されない、という構造です。
分割払いにするなら、期限の利益の喪失を確認します
一括で払えず、分割にすることがあります。このとき書面に置かれるのが、期限の利益の喪失という条項です。
これは、支払いが一定回数滞ったときに、残額を一括で請求できるという定めです。毎月払う約束が、滞った瞬間に残り全部の請求に変わります。
確認したいのは次の点です。
| 条項 | 見ておきたいこと |
|---|---|
| 期限の利益の喪失 | 何回滞ったら一括になるのか。1回で発動する書き方になっていないか |
| 遅延損害金 | 付けるのか、率はどうか。本体と分けて書かれているか |
| 支払方法 | 振込先、期日。手渡しにしていないか |
無理な条件で合意すると、途中で行き詰まります。払える範囲で決めることが、結果として相手にとっても確実です。
時効が完成していることもあります
請求されたからといって、必ず支払義務があるとは限りません。
不法行為にもとづく損害賠償請求権は、損害および加害者を知った時から3年、不法行為の時から20年で時効により消滅します(民法724条)。生命または身体を害する不法行為については、3年ではなく5年です(民法724条の2)。
起算点は、相手が事実と相手方を知った時です。何年も前の出来事について突然請求された場合は、いつ知ったのかを確認する意味があります。時効は相手が主張して初めて効果が出るものなので、こちらから言わなければ考慮されません。
ただし、支払いの意思を示したり、一部でも払ったりすると、扱いが変わることがあります。期間が過ぎていそうだと感じたら、先に払わないでください。起算点の考え方は時効の確認点で整理しています。
公正証書にするかどうかは、意味を知って決めます
相手から公正証書にしたいと言われることがあります。強制執行認諾文言を付けた公正証書は、民事執行法22条5号の執行証書として、支払いが止まったときに裁判を経ずに手続きへ進める根拠になります。
支払う側にとっては、それだけ拘束力が強い書面ということです。署名する前に、支払える条件になっているかを確かめてください。作ったあとで条件を変えるのは簡単ではありません。
清算条項の範囲を確認します
支払う側にとって大切なのが、この支払いで何が終わるのかです。
清算条項の書き方によっては、慰謝料を払ったのに、あとから別の名目で請求が続くことがあります。逆に、広く書きすぎると、こちらが請求できるはずのものまで放棄したと読まれることもあります。
確認したいのは、財産分与、年金分割、養育費が対象に含まれるのかどうかです。とくに養育費は子どものためのものなので、慰謝料と一緒に清算したつもりでも、別に問題になりえます。
不倫相手がいる場合の求償
不貞が理由の場合、配偶者と不倫相手の双方が責任を負う場面があります。民法719条は、数人が共同の不法行為によって損害を加えたときは各自が連帯して責任を負うと定めています。
そして、一方が全額を支払ったときは、民法442条により、他方に対して負担部分に応じた求償ができる場合があります。条文は「自己の負担部分を超えるかどうかにかかわらず」としており、全額を払い終えていなくても求償を考えられる構造です。
示談書を作るときに、求償権を放棄する条項を入れるかどうかは重要な分かれ目です。詳しくは求償権の仕組みで確認できます。
払えなくなったときに、起きること
決めたあとで収入が下がることがあります。先に知っておいてください。
調停調書や執行証書がある状態で支払いが止まると、給与や預金の差押えへ進まれる可能性があります。慰謝料は、養育費のような扶養義務にもとづく債権ではありません。そのため、給与差押えの範囲について、養育費に認められている特例は及びません。給料は4分の3が差押禁止とされ、2分の1に読み替える特例の対象に慰謝料は入っていません(民事執行法152条1項2号・3項、151条の2第1項)。請求する側から見た整理は相手に資力がないときの進め方にまとめています。
逆に言えば、養育費と慰謝料を同じ書面にまとめて書くと、性質の違うものが混ざります。名目を分けて書くことは、支払う側にとっても意味があります。
支払いが難しくなったら、放置せずに相手へ連絡し、記録を残してください。事情が変わったことを示せるかどうかで、話し合いの余地が変わります。
署名する前に確認したいこと
- 何に対する支払いか。名目が混ざっていないか
- 金額が、示されている事実に見合っているか
- 分割なら、期限の利益の喪失が厳しすぎないか
- 清算条項の範囲に、養育費や財産分与が含まれていないか
- 不倫相手がいる場合、求償の扱いをどうするか
話し合いがまとまらないときは、相手が配偶者なら家庭裁判所の慰謝料請求調停、夫婦以外の相手なら地方裁判所や簡易裁判所での手続きになります。
支払う側にとって大切なのは、金額を値切ることよりも、払い終えたときに本当に終わるのかを確かめることです。書面の一文で、その後が変わります。




